ホテル王と偽りマリアージュ
それでも彼は強い瞳で未完成のホテルを見上げ、コートのポケットに片手を突っ込んでからその瞳を私に向けた。


「椿」


彼のちょっと乾いた唇が、どこか厳かな色を声に滲ませ、私の名を呼ぶ。
返事の代わりにまっすぐ目線を上げて、一哉の言葉を待った。


「新年明けて、第二週目の金曜日。午後一時から、皆藤グループの幹部会が開催される。そこで、要は親父に提示した『年内業績二倍増し』の報告を行う。それを受けて幹部投票が行われ、社長が俺になるか要になるか、正式に決定することになる」

「……」

「もちろん皆藤グループの幹事会は、数ある会議の中でもっとも機密性の高いトップシークレット級の会議だ。俺の妻と言えど、君が会議室に入ることは出来ない。でもね。当日、俺の両親は社長室でテレビ会議での参加が決まってるんだ」


そう言って言葉を切ると、一哉はほんの少し目を細めて、ふわっと穏やかに笑った。


「だから、椿。君は親父たちと一緒に、そこで会議を見守ってて欲しい」

「そんなこと……いいの?」


トップシークレットと言われたばかりなのに、隠れて盗み聞きするような感じで、私がご両親と一緒に聞いてしまっていいんだろうか。
そんな不安が頭を過り、さすがにちょっと困惑すると、一哉はわずかに肩を竦めた。
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