エリート専務の献身愛

 浅見さんは、どこまで勘付いただろう。
 私が本当のことを知ってしまったとわかれば、どんなことを言うのだろうか。

 これからデートとは思えないほど暗い顔。
 だけど、本人の口からちゃんと聞くことをしなきゃ、なにも変わらない。きっと、知らないふりをして会うことはできない。
 そのくらい、彼に対しては余裕が持てない。

 約二時間前の電話同様、再び緊張感が増す。
 私はゆっくり目を閉じ、すぅっと息を吸って心を落ち着けた。

 【一五〇三】という金色のプレートの下にあるチャイムに指を掛ける。もう一回深呼吸をしたあとに、勢いづけて一度ボタンを押した。相手が私だと確信していたのか、応答もなくいきなりドアが開く。

「こ、こんにちは」

 どぎまぎとして、ぎこちない挨拶をすると、浅見さんはニコッと笑顔を見せた。

「待ってた。どうする? 中に入る?」
「……少し、いいですか?」

 俯いて躊躇いがちに口にした。

 部屋に入ると、この前とほとんど変わらない。ひとつ気づいたことといえば、仕事で使っていたパソコンがデスクの上に見当たらないこと。

 仕事も終わって、これから出かけると思ったからカバンかどこかにしまったのだろう。……きっと、大事なものだから。

「ああ、そうだ。飴、ありがとう。久し振りに食べた」

 私の少し後ろに立つ浅見さんが突如お礼を口にした。

「あっ。き、嫌いでした? すみません、私、あのとき他になにも」

学生じゃないんだから、あんな差し入れ思い出すだけで恥ずかしい。
顔を赤くして振り返る直前、後ろから不意に抱きしめられる。

「いや。大事に食べたよ。ありがとう」

すぐそばで聞こえる声に大きく胸が鳴った。同時に、密着した背中越しにふわりと漂ってきた浅見さんの香りに軽く眉を寄せる。

 思い出した。この匂いは、あの日、階段から仄かに香っていたのと同じ。
 でも、もしかしたら、社内の人がたまたま浅見さんと一緒の香水を使っていただけかもしれない。

 私は、そうであってほしいと願い、おもむろに口を開いた。
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