恋文参考書




「……行ったな」

「へ⁈」



かすかな声が耳元でやけに大きく響く。

耳に直接流しこまれるようで、背筋がぞくりと震える。



「お前の後輩たち。
図書室から出て行ったって」

「あ、う、うん」



あたしがばかみたいにぼーっとしているうちに、章とここにいることがばれてしまう危機は脱していたらしい。

たとえ相手がふみたちであろうと、あたしたちがここでなにをしているのか知られるわけにはいなかったし、よかった。



……ううん、違う。

きっとあたしは、ただ知られたくなかった。

この場所での章とのことは、ふたりの秘密にしたかったんだね。



「……日生?」



動くようすのないあたしを見て、章が不審そうな声をもらす。

それに反応し、いつもどおりの距離へと戻ろうとすると、くん、と髪を引かれた。

彼の手の中に、あたしの髪がある。



「お前って香水かなんかつけてるか?」

「え⁈ いや、つけてないけど」



なにが起きているのかわからない、かすんだ意識の中そういえば、とぼんやり考える。

以前ふみにも言われたことがある。

あたしから柑橘系の香りがするんだと。



「多分、シャンプーかなぁ。
あたしが使ってるの、オレンジの香りなんだ」






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