恋文参考書
あまりにも突然だったのか、彼は困惑した声をもらす。
あたしを見ていることはわかっていたけど、そのまま隣から手を伸ばし、恋文参考書を手にしてあたしは言葉を続ける。
「前に思っていたんだ。
いい字だなぁって、手紙を書いもらった時から気になっててね」
流れるようにさらさらと、だけどとても読みやすい。
男の人の字なのに、整っていて美しいんだよなぁ。
もうあたし、あんまり好みだから、君の字を覚えちゃったよ。
手放しで褒め、にこにこと笑みを向ける。
するとシャーペンを強く握り締めて金井は頬をわずかに染めあげる。
どうして照れているんだろう。
不思議に思っていると、金井は言葉をたどたどしく落とす。
「昔、薫に教わったんだ」
「そういえば、薫先輩は書道部だったもんね」
生徒会に所属していなければ、きっと部長をしていたんだろうなぁと思うほどの実力者。
何度も賞を取っていて、始業式なんかには壇上にあがった彼女の姿を見てきた。
そんな出来事を頭に浮かべていると、彼は自分の思い出をぽつぽつと口にする。
いつも薫先輩と戸川の3人で遊んでいたこと。
書道の先生だった薫先輩のおじいさんは厳しくて、金井はよく逃げ出していたこと。
その代わりに薫先輩が教えてくれていたこと。
そして、金井は小学6年生、薫先輩は中学1年生となり、それまでとは関係が変わってきた頃。
ある日金井は戸川とけんかしてしまい、自室に帰った彼は衝動のままに自分のプリントをぐしゃぐしゃに丸めてしまった。
その場に居合わせた薫先輩は話を聞いて、それを拾い上げた。