好きになれとは言ってない
その日の帰り、いつも通りの電車だったので、もちろん、航はおらず、遥は、じーっと窓から外を眺めていた。
この駅の辺りで課長と話をやめて、此処で本を読み始めて。
この辺りで勝ち誇って。
そうだ。
此処らで、課長が、
『ちょっと降りるか?』
と言ってきて。
次の駅名を確認した遥は、
「降りますっ」
と言って立ち上がってしまった。
なんだ? という顔で周囲の人が見る。
……バ、バスならまだ今のセリフも許された気がするのだが。
たぶん、みんな、降りろよ……と思っていることだろう。
赤くなって足早に開いた扉から降りる。
あー、恥ずかしかった、とホームに降りた遥は記憶を頼りに駅からの道を歩いた。
昔ながらの商店街を通り、閑静な住宅街へと出る。
よし、此処だっ。
間違いないっ。
何処からともなく、美味しそうな夕餉の匂いがしてきた。