アフタヌーンの秘薬
「失礼いたします」
中に入ると奥様は私が見たこともないほど笑顔だった。
女性の前にお茶を置くと「ありがとうございます」と私に笑顔を向けてくれたのに対して、奥様は私が出て行くまで私の存在など意識から消しているのではと思うほど無視していた。
お昼は聡次郎さんの予定が長引いて一緒にランチタイムを過ごすことはできなくなってしまった。最近はこういうことも増えていた。役員として聡次郎さんは毎日忙しそうにしている。2人きりで会うことは休憩時間のみという日もあった。
今日はお昼から閉店までカフェでの勤務を終え、アパートまで帰ってきて階段を上ろうとした時、アパートの前に1台の車が止まった。
「梨香」
「え、聡次郎さん!?」
運転席の窓から聡次郎さんが顔を出した。私は慌てて車に駆け寄った。
「どうしたの?」
「迎えに来た」
「え?」
「俺んちに来い」
「は?」
突然のことに間抜けな言葉しか出てこない。
「一緒に暮らそう」
「なんですか突然……」
「梨香に全然会えないの辛い。いっそ一緒に住んでしまいたい」
真顔でそう言われ呆れたものの嬉しさがこみ上げる。
「でも急には……住むのは聡次郎さんの部屋でしょ?」
「うん。あの部屋は俺1人じゃ広すぎる。ベッドもな」
一瞬、私が風邪を引いた夜、あのダブルベッドで寝たことを思い出した。私と聡次郎さんが一緒に住むということは毎日あのベッドで2人で寝るということだ。
「きっと奥様は反対されるよ?」