アフタヌーンの秘薬
「作業はここだけですか?」
「いいえ、このビル全部です。ここが1番最初のアレンジメントです」
ここに置いたら終わりかもなんてわずかに期待していたけれどがっかりした。
「大変ですね、龍峯のビル全てに活けるなんて」
応接室にもオフィスにもアレンジメントが置いてあった。店舗の入り口の前にも左右に置いてある。
「でもお役に立てるのは嬉しいですから」
愛華さんは綺麗な笑顔を惜しみなく私に向ける。同じ女なのにこうも優れた容姿なのは羨ましい。
「花が置いてあると皆様心穏やかになります」
確かに花屋に頼んでいたときも綺麗なアレンジメントだったけれど、愛華さんの活けたこのアレンジメントは1つの芸術作品のように心を惹きつけるものがある。
「本店の方ですよね? 先日お会いした……」
「ああ、はい。三宅と申します」
「栄愛華と申します」
愛華さんが丁寧に頭を下げる度にサラサラした綺麗な髪が揺れる。
「今日は外出ですか? それとももう退勤ですか?」
愛華さんの質問は、当たり前だけれど私がここに住んでいるとは全く思っていない。
「いいえ、今日は休みなんです」
「お休みなのに会社に来られたんですか?」
愛華さんの指摘に焦った。素直に休みだと答えてしまったけれど、休みなのに龍峯にいるのは不自然だ。
「えっと……ちょっと用がありまして……」
まさか聡次郎さんの部屋に気軽に出入りしているのだとは本当の婚約者に言えない。歯切れの悪い誤魔化し方しかできない。