アフタヌーンの秘薬

「お忙しいのにお引き留めして申し訳ありません」

「いえ……」

「お力添えありがとうございました」

最後にもう1度丁寧に頭を下げる愛華さんから逃げるように龍峯のビルから離れた。

とても礼儀正しく育ちの良い、いかにもお嬢様という言葉が似合いそうな人だ。この人の方がよっぽど聡次郎さんの相手に相応しい。
そう思ってしまった瞬間、愛華さんという存在が怖くなった。



◇◇◇◇◇



カフェでの勤務を終えて駅のロータリーに行くと、聡次郎さんは約束どおり私を待っていてくれた。

「わざわざごめんね」

「いいって。少しでも長い時間梨香と一緒にいたいから」

その気持ちが嬉しくて仕事の疲れなんて吹っ飛んでしまう。

龍峯の駐車場に車を止めて降りると、駐車場の隅に広げられたブルーシートの上には愛華さんが置いていったであろう複数の花器、花材が並んでいる。いかにも作業が途中であることがわかり、明日以降も彼女が龍峯に来るのかと思ったら憂鬱だ。
聡次郎さんは横目でそれらの道具を見ると何も言わずビルに入っていった。
正式な婚約者がこんなに近くにいることを聡次郎さんはどう思っているのだろう。

部屋に入ると「先お風呂入っていいよ」と聡次郎さんは微笑んだ。

「うん。ありがとう……」

「元気ない?」

「え? そんなことないよ……」

「嘘」

私の動揺を感じ取ったのか、聡次郎さんが近づいてきてじっと顔を見つめられた。

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