アフタヌーンの秘薬
料理は褒めてくれる。それは素直に嬉しいけれど私の淹れたお茶を褒めてくれることはない。愛華さんのアレンジメントは褒めるのに。
「聡次郎さん、お店では龍清軒を冷たくして出してるんだけど、今日は少し淹れ方を変えてみたの。どう?」
そう言って冷茶のグラスを聡次郎さんに寄せた。
いつもは単純に濃い龍清軒に氷を入れて冷やすだけだった。けれど今日は玉露のようにぬるめのお湯に数分抽出させた。
「うん……まあまあ」
「それだけ?」
「店で出してもいいんじゃない?」
「うん……社員さんに相談して試飲してもらうね……」
ほら、やっぱり私のお茶は美味しいとは言ってくれない。愛華さんの活けた花は綺麗だと言ったのに、私の欲しい言葉は聡次郎さんの頭の中にはないかのようだ。
私がここを退職する前に聡次郎さんにお茶が美味しいと言わせることは無理なのだろうか。
素っ気なくパスタを頬張る私を見て聡次郎さんは何故か満足そうに笑う。
「ここに完全に越してくる?」
「え?」
「アパート引き払ってここで一緒に住もう」
突然のことに驚いたけれど目頭が熱くなる。聡次郎さんと共に生活できたら嬉しいに決まっている。けれどそうできない事情がある。
「嬉しいけど……だめです……」
「なんで?」
「奥様が反対してる……」
一緒に住もうと言ってくれたことは嬉しい。今では聡次郎さんと住む龍峯の部屋の方が服や日用品が多く置いてある。これからの生活を想像しては顔がにやけそうだ。