アフタヌーンの秘薬

「午前の営業はどうするのですか?」

他のパートさんが来るまでまだ2時間近くある。

「花山さんにお願いします。あなたはもうこの店のことは何も考えなくていいのです」

私は目を瞑り深呼吸した。
落ち着いて。奥様相手に感情的になったらだめ。

「わかりました。本日はこれで失礼します。そしてお金も結構です」

私は封筒の中身を見ずに指で弾いた。封筒はテーブルの上を滑り、奥様の前で綺麗に止まった。立ち上がり一礼すると廊下に出てそのまま裏口を出た。

お金を差し出されてドキドキした。まだ心臓が高鳴っている。
今夜聡次郎さんと結婚の報告をする前に私に身を引かせようとしたのだろうけど、お金を受け取らなかったことで聡次郎さんと別れるつもりはないのだということをわかってもらえただろうか。

この事を聡次郎さんに伝えるべきだろうか。只でさえうまくいっていない親子関係を、私のせいで修復できなくしてしまっていいのだろうか。

感情が高ぶって思わず外に出たけれど私の行くところはこのビルの上しかない。取り敢えず聡次郎さんの部屋に戻ろう。聡次郎さん外出してるんだろうな、と16階を見上げると「三宅さん?」と声をかけられ振り向いた。

「あ……」

そこには愛華さんが立っていた。

「どうかされました?」

「いや……あの、ちょっと息抜きに……」

「そうですか」

不思議そうな顔をする愛華さんに私は恥ずかしいやら気まずいやらで下を向いた。

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