アフタヌーンの秘薬
「梨香さんは手切れ金も受け取らなかったのよ」
この瞬間聡次郎さんの怒りが頂点に達したことを悟った。
「梨香に金を渡したのか!?」
「違うの! 受け取ってない!」
私は誤解されないよう慌てて否定したけれど、聡次郎さんは「そういうことじゃない」と口を挟むなと言うように手を私の前に上げた。
「俺の色恋沙汰まで金で操ろうとするところは昔から変わらないのな」
聡次郎さんは実の母親に向けているとは思えない表情と低い声で責める。この状況をどうにかしてほしいと慶一郎さんを見たけれど、聡次郎さんと同じく厳しい表情で奥様を見ている。月島さんは聡次郎さんをじっと見守っていた。
「梨香さんはお金を受け取らなかった」
奥様は先程と同じ言葉を繰り返した。
「残念だったな。梨香は金では動かない」
そう言う聡次郎さんは最初私を金で釣ったくせに。あれからだいぶこの人に信用されたなと自分で自分を感心してしまった。
「だからこそ、梨香さんの本当の人柄がわかりました」
私は奥様の顔を見た。そして奥様も私の顔を見た。
「認めましょう。梨香さんを正式に龍峯に迎えます」
その場にいた奥様以外の全員がぽかんと口を開けた。
「あの、今なんて?」
私は恐る恐る奥様に問いかけた。
「聡次郎と梨香さんの結婚を認めると言ったのです」
はっきり奥様の口から言われてもまだ信じられない。