猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁


昼過ぎにヘルゼント邸を訪れた医師の診察により、グレースの妊娠はほぼ確定的となる。
にわかにもたらされた吉報に屋敷の中は、早くも浮かれ始めていた。それだけふたりの間に子どもが生まれることが、待ち望まれていたということだろう。

じわじわと広がっていく嬉しさを噛みしめているグレースの表情の中には安堵もみえ、彼女が感じていた重圧がどれほどのものだったかも窺い知れた。

ラルドは隣にある穏やかな寝顔の額に軽く口づけ、静かに寝台から降りる。音を立てないよう慎重に、露台へと続く窓を開けて外に出た。

すぐそこまで近づいた冬を感じさせる冷たい空気が、一層目を冴えさせる。
また満月だ。見上げた夜空に向け独り言を零せば、白い息になって戻ってきた。

初夏には自分が父親になる。そう告げられても、妻以上に実感など湧いてこなかった。
もちろん喜ばしいことなのだ。跡継ぎが誕生すれば、ラルドに課せられた肩の荷がひとつ軽くなる。女子だったとしても、きっとグレースに似て魅力的な女性に育つに違いない。

しかしラルドはどうしても、自分が『父親』になる姿を想像できずにいる。

「ラルド」

蝶番が立てる小さく軋む音に続いた呼びかけに振り返ると、毛織りの肩掛けを羽織ったグレースが不安げな面持ちで立っていた。

「身体を冷やします。早く中へ……」

「貴方こそ、こんなところでどうしたの?眠れないの?」

室内に戻そうとするラルドの胸を、グレースは両手で押し返して拒否する。

「すみません、起こしてしまいましたか。明日からは寝室を別にしたほうがいいのかもしれませんね」

妊婦の体調を考慮したつもりの言葉が、グレースの顔を強ばらせた。

「子どものこと、喜んではくれていないの?」

「……そんなことは」

無意識で一瞬詰まった間に、グレースはますます不審を募らせる。

「それもそうよね。まだ無事産まれたわけでも、ましてや男子だと決まったのでもないのだから」

自嘲めいた笑みが浮かぶ顔とは裏腹に、ラルドの胸元を掴む手が硬く握られた。滑り落ちそうになる肩掛けで、グレースの華奢な身体をしっかり包んで抱き寄せる。

「違うんです。貴女も子も無事に産まれるのなら、性別などこの際どちらでも構わない。ただ――」

瞳を閉じると瞼に浮かぶのは、最期に自分へ向けられた母の空虚な瞳。姉の身を案ずるより、家の振興を第一に考えた父の背中。
そこから生まれた自分が、人の親になどなれるのか、なっていいのかという疑念や不安。

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