猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁


淹れたての茶から立ち上る香りを嗅いだグレースは眉根を寄せる。

「また香草の処方が変わったのかしら」

内容を探るようにゆっくりと飲み込む。舌に残る少し刺激的な辛みに気づき、得意顔でひとつ頷いた。

「ショウガが入っているのね。蜂蜜を入れて飲みやすくはなっているけれど」

「身体の内側から温まるそうです。――もう少し甘くしましょうか?」

マリーは蜂蜜壺を手に取りひと匙すくう。

グレースがヘルゼント伯爵家に嫁いでから用意される香茶は、どうやら一日も早い懐妊を促すためのものらしい。
効果が表れないと判断されると、すぐさま新しい配合に変えられる。

しかし最近の伯爵夫妻には、そもそも香茶の有効性を確かめようがなかった。

「今晩も旦那様はお戻りになられないのでしょうか」

マリーはすっかり夜も更けた窓の外を見やり、グレースに見咎められないようこっそりとため息をつく。

ラルドが頬に赤い手形をつけられたあの夜以来、彼女らは寝室を一度も共にしていない。伯爵に至っては、政務とはいえ幾度となく外泊もしている。
このままでは子宝など授かりようがないのは明白だ。

人並みに仲のよい両親をみて育ったマリは、夫婦喧嘩など、片方が折れるか、もしくはちょっとしたきっかけですぐに収まるものだと思っていた。だが、この夫妻は妙に意固地になるところがよく似ているらしい。
どちらからもいっこうに、関係の修復を試みようと歩み寄る気配がみられなかった。

それに、マリには早く仲直りしてもらわないと少しばかり困る事情がある。春になったとはいえまだ冷える寝具では、どうにも寝付きが悪いのだ。

……そういえば、ジムはどこへ行ったのだろう。

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