猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「休んでなくて良いのですか?エディントン侯爵家の茶会を中座したと聞きましたが」

厨房にいたことからも体調に問題はなさそうに思えるが、グレースがラルドを見る目はいつも以上に厳しい。やはり隠し事でもあるのかと訝しむ。

「なにか、僕に言いたいことがあるのでは?」

掴んだままでいた彼女の手が、ラルドの手の平の下で固く握られたのがわかる。やがて決意したように深呼吸をして、グレースはやや躊躇いを残しながら口を開いた。

「……子どもが」

一瞬息を呑んだラルドだったが、続けられた言葉でそれを大きく吐き出した。

「マクフェイル男爵夫人に子どもが生まれるそうよ。貴方、知っていた?」

「ええ、先日男爵本人から聞いています。彼には陛下の婚姻の件でずいぶんと骨を折ってもらっていて……」

なぜグレースがこれほど硬い表情をしているのか、ラルドには理解できない。理由を考えていた彼を見つめる瞳は、不安げに揺れている。

「貴方の、子、ではないの?」

耳がおかしくなったのかと思った。もしくは、まだグレースは眠っていて寝言を言ったのかと。

「すみませんが、もう一度、お願いできますか」

明確に言葉を句切って伝えれば、むっとしたようにグレースの眼に力がこもる。大きく息を吸い込んだかと思うと、ひと息に言い募った。

「彼女のお腹にいる子どもの父親は、ラルド、貴方なんじゃないの?と訊いているの」

今度こそラルドは言葉を失った。こうまではっきり言われてはもう、聞き間違いだとは言い難い。目を丸くして、突拍子もないことを言いだした妻を凝視する。

「秋口、イワンの記念祝典の夜、貴方と夫人は会っていたでしょう。彼女の妊娠はその頃らしいと聞いたわ。男爵がバルダロンに赴いているときよ。おかしいとは思わない?」

夫が呆気にとられ黙っているのをいいことにグレースがまくし立てた内容を、ラルドは頭の中で反芻していた。そうするといくつか確認しなければならない事項があることに気づき、興奮気味の妻の手を両手で握って落ち着かせる。

「いいですか、グレース。まず教えてください。彼女の妊娠時期は誰に聞きましたか?本人に?」

「それは……メアリー様たちが。でもセグバー子爵夫人が月数にしてはお腹が大きすぎると」

「では、マクフェイル男爵夫人から直接聞いたわけではないのですね」

語気を強め念を押して訊ねる。グレースはラルドから気まずげに目を逸らして、こくりと頷いた。
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