猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
自分より三歳年上のアントニーもまた、文字通りの独身貴族である。ラルドに酒を教えたのも、選ばれた者のみが訪れることのできるこの娼館に彼を連れてきたのも、従兄である彼だった。

「私は君と違って肩に掛かっているものはなにもないからな。それに、日頃から穀潰しだの出涸らしだのといわれて、肩身の狭い想いをしているんだ。せめて自分の結婚くらいは自由にさせてもらうさ」

エディントン侯爵家の三男坊である彼には継ぐ家督はない。もし結婚となれば、どこかの家へ婿入りすることになるのだろうが、本人にはまったくその気がないらしい。籍だけは近衛師団に置いているが、その仕事をしている様子をラルドは見た記憶がなかった。

「この世界に自由な結婚など、どこを探してもありませんよ」

自嘲気味に零した愚痴を、彼は違う意味に解釈する。

「ああ、そうだな。たったひとりの女に縛られるなど、全く以て不自由だ」

勝手に杯を掲げ「独身に乾杯」と始めてしまったので、ラルドも苦笑しつつもそれに付き合う。

いまさら結婚に夢を抱くつもりもないし、ましてや愛だの恋だのに現を抜かしている暇も気力もない。

ラルドはこれまで、適当な相手と適当に"恋愛"を楽しんできたつもりだ。
まだ貴族の恋愛の作法も分っていないような娘を相手にしたことはないし、後々面倒事に巻き込まれそうな女も避けている。
お互いに割り切った大人の関係が保てるなら、それで十分だった。

ただそれさえも、二年前にフィリスが遺していった、自分に向けられたラルドの誠実な愛を感謝するという、虚構まみれの手紙のおかげでままならなくなってしまったが。

ラルドから長い嘆息が漏れた。

国王に縁談が持ちあがっている今が、潮時なのかもしれない。
彼には、ヘルゼント家を存続させなければいけない義務がある。だから、さきほどアントニーに言ったことにも偽りはなかった。
それこそ相応の相手がみつかれば、家を発展させるために婚姻を結び子どもを作る。

ラルドにとっての結婚する意味は、それ以外の場所に見いだせずにいた。

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