猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
◇ 

誰も彼もが浮かれた祝宴が終わると、すぐに日常が戻ってくる。多忙を極める公務をこなすためにも、それなりの息抜きが必要というもので。

ラルドはその夜、久しぶりに訪れた馴染みの娼館でゆっくりと酒杯を傾けていた。

娼館といっても、なにも目的は女ばかりとは限らない。今宵のように、気の置けない友人と、互いの身分や立場を気にせず酒や会話を楽しむことのできる数少ない場所でもある。

「で、どうして君は結婚しないんだ?」

葡萄酒で満たされた杯を揺らしながら、アントニーが気怠げに問いかけてきた。自分でこの店を指定しておきながら、白粉の匂いでせっかくの酒の香りが台無しだと文句をつける変わり者だ。

「またその話ですか」

ラルドもうんざりといった体で、残り少なくなっていた酒を呷った。「また?」と首を捻るアントニーが、眉の動きだけで先を促す。

「別にしないと決めているわけではありませんよ。良い縁があれば明日にでも」

「飛ぶ鳥を落とす勢いの若きヘルゼント伯爵様にくる縁談なんて、いくらでもあるだろう?フィリス王女が亡くなられてから、もう二年経つ。そろそろ周りも遠慮がなくなる頃合いじゃないのか。それともやっぱり――」

アントニーは、空になったラルドの杯に注がれる赤紫の液体を眺める目を細めた。 

「まあ、あれだけの美女を手に入れる寸前で亡くしたんだ。惜しむ気持ちはよくわかるが……」

「それは違います。もう、あの方にはなんの未練もありませんよ。残っている感情があるとしたら、恩を仇で返された恨みですかね」

アントニーの言葉を遮り酒杯の縁に当てたラルドの口元が、意味深に緩やかな弧を描く。なみなみと注がれた葡萄酒をひと息で空け、僅かに酒気を孕んだ青い瞳を意地悪く光らせた。

「僕より、貴方こそいい加減落ち着いたらいかがですか?」
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