ほしの、おうじさま
入口から程近いロッカー前で、膝を抱え、そこに顔を埋めるようにして座り込んでいる人物がいたから。
そして同時に、服装や髪型や体のフォルムで、それが誰であるかを察知した。

「え?の、野崎さん…?」

私の呼び掛けに、一呼吸置いてからノロノロと顔を上げ、こちらに視線を向けたのは、やはり彼女であった。
しかしその瞳は赤く充血し、この上なく水分過多であったので、私はますますドギマギしながら問い掛ける。

「ど、どうしたの?何かあったの?今仕事中じゃ…」
「違うわよ」

私の問いかけをぶったぎるようにして野崎さんは呟いた。

「私今、昼休みだもの」

そこで私は『あ、そうか』とすぐに理解した。

「受付も交替制云々」という話を昨日したばかりだもんね。

「え、えと、それじゃあ何でこんな所で…」

「すんごいムカつく事があったから悔し泣きしてたのよ」

野崎さんはあっさりと涙の理由を暴露した。

「ムカつくこと…?」

「この前あんたの所の派遣が堂々とエレベーターを使ってたから注意したのよ。そしたらその場面を、外部のお客様が目撃してたらしくて」

相変わらず不機嫌そうな声音で紡がれた言葉にドキリとした。
これまた昨日聞いたばかりの、強く印象に残っていたエピソードを野崎さん本人の口から語られたからだ。

「お客様はシステム部を訪れていた方で、そこの社員に自分が見た事をチクったらしいのよ。そして今度は社員から上司、上司から秘書課長へと話が伝わって、すぐに私が犯人だって事がバレて、さっき呼び出しを受けたの」
< 176 / 241 >

この作品をシェア

pagetop