好きにならなければ良かったのに
まるで覇気のない幸司の姿に戸田はつい目を奪われた様に見ている。そんな戸田を見て吉富もまた不思議そうな顔をして自分のデスクへと行く。しかし、驚きを隠せない戸田の表情に、吉富は戸田のデスクへと行く。
「光彦、どうしたんだ? 何か面白い事でもあったのか?」
「あ、いえ、ね、吉富さん。課長の様子が変なんですよ」
吉富の顔を見た後にまた幸司の方へと顔を向ける戸田のその視線の先を吉富も見る。
吉富が目にした幸司は、ただ、黙々と自分のデスクに座って資料を見ている様にしか見えない。
「資料見ているだけじゃないか」
「良く見て下さいよ。課長ってば資料を捲ってないでしょ?」
戸田に言われ良く見ると、確かに幸司は黙々と資料を見ている様に見えるが、その資料は捲るどころか全く幸司の指先に触れられもしていない。すると、拳を握りしめた幸司がドンと机を叩く。
その音の低く鈍いことに戸田も吉富もドキッとしてお互いに顔を見合わせては自分のデスクへと戻る。すると、珍しくその日はいつもより遅く出勤して来た香川が挨拶をしながら営業部へと入って来る。
「おはようござ……」
ところが、戸田と吉富の異様な顔付きに香川は言いかけた挨拶もそこそこで止まってしまう。
「何があったんだ?」
そう言いながら異様な雰囲気を察知した香川は神妙な顔をして自分のデスクへと行く。いつもなら他人の事には首を突っ込まない香川だが、どこかいつもとは何かが違うと察したからなのか吉富に「何があった?」ともう一度訊く。
しかし、何も知らない吉富は頭を横に振るだけで何も答えない。そこで、戸田の方へと視線を移すも、戸田も両手を上げてお手上げ状態だと言わんばかりの仕草をする。
すると、今度は晴海が入って来る。晴海は他の社員が出社しているにも関わらず無言のまま自分のデスクへと向かう。
晴海の背中からもの凄く強烈な哀愁のオーラを感じ取った三人は、晴海を見るとその後幸司へと視線を移す。明らかに二人の間で起きたことがこの異様な雰囲気の原因かと三人はお互いに顔を見合わせる。
「晴海ちゃん」
吉富が晴海に声を掛けてみるが晴海は全くの無反応だ。次に今度は「課長~」とやんわりとした口調で吉富が幸司に声を掛ける。しかし、今度も全くの無反応に、やはり二人の間で何かあったに違いないと三人は顔を見合わせて頷く。
「課長」
そんな時、晴海が課長デスクまで行き、冷ややかな口調で幸司に話しかける。しかし、晴海が居ることに気付かない幸司は呆然としたままデスクに座っていた。