好きにならなければ良かったのに
昨日、あれだけ愛し合ったのに。その前だってラブホテルでは本物の恋人の様に愛し合った。心が通じ合いこれからはきっと素晴らしい未来が待っていると幸司はそう思っていた。なのに、肝心な美幸は幸司から離れようとする。
信じられない幸司は美幸の腕を掴み抱きしめる。
「どこにも行くな。俺の傍にいろ」
「辛すぎてダメなの」
美幸は幸司が本気で晴海を愛していると思っていた。だから、会社にはいられないと辞めるつもりだ。そして、幸司の心の中にいるのはいつも晴海だと分かれば、そんな幸司とは一緒に暮らせない。
だから、美幸は決断する。
「離婚して下さい」
その言葉に幸司は目の前が真っ白になる。まさか美幸が離婚を考えていたとは思いもよらず、眩暈がしそうで倒れそうなのは幸司の方だった。
「嘘だろ」
「今日は帰ります」
「俺は離婚はしない。美幸は俺とは別れない。そうだろ? 美幸は俺の傍に居るんだ」
美幸は幸司の腕を振り払い、引きだしに入れていたバッグを取りだすと逃げるように営業部から出て行こうとする。
しかし、それを指を咥えて黙っているなど出来ない幸司は美幸の後を追いかける。
「来ないで!」
美幸の悲しみに包まれた声に幸司の足が竦む。幸司の足が止まったのを確認すると美幸は営業部から出て行ってしまった。
「……」
何故急に美幸がこんな態度に出たのか、自分が一体美幸に何をしたのか、何をどう考えれば離婚したいと思えるのか。幸司には何が何だか分からなく呆然としてしまう。
美幸の離婚宣言に納得がいかなければ追いかければ良いのにと思いながらも体が動かない。
美幸をこの手に抱きしめて甘いキスをすれば戻ってくれるのかと思いはするも、あれだけ夕べは熱い時間を過ごしたばかりなのにと、それでも美幸は去る決意をしている。
「俺を捨てるのか?」
美幸の離婚宣言のあのセリフが幸司の頭の中でこだまする。呆然としたまま身動きの取れない幸司は立ち竦んだままでいる。
「おはようございます、課長」
「……」
「課長?」
その日は珍しく早めに出勤して来た戸田が、営業部の戸口の所に突っ立っている幸司に挨拶を交わす。しかし、無言のまま立ち竦む幸司を見て不思議そうな顔をして自分のデスクへと行く。
「無視かよ」とブツブツ文句を言いながら自分のデスクに腰を下ろした戸田だが、身動き一つせずに立ったままでいる幸司を見て何かあったのだろうかと首を傾げる。すると、次に吉富が出勤して来ると幸司は俯いたまま自分のデスクへと戻って行く。