好きにならなければ良かったのに
「どうした、日下?」
いつもの幸司らしくない態度に、周りの社員らも奇妙な顔をして見ている。しかし、そんな社員の中でも、幸司のプライベートを多少は知る吉富は、晴海との成り行きを興味深く見る。
吉富の視線を背後にする晴海は、幸司の腑抜けた様な表情に目を細める。
「今日は残業の予定はあるんですか? そのつもりで予定を立てたいので」
「今のところは特別な業務は入っていないだろう? だが、残業になるかならないは、その時にならないと私にも答えられないが」
晴海の立ち位置が、座っている幸司の目線より上にはなるが、それとは別の異常な威圧感を感じる幸司は視線を逸らす。そして、仕事の邪魔だと言うような態度を示す幸司に、晴海は不信感を抱く。
「そうですか。でも、今日、私は予定がありますので残業は困ります」
「時間までに仕事が終われば残業の必要はない。吉富、少しいいか?」
「あ、はい……」
晴海との問答でかなり機嫌の悪そうな幸司に、名前を呼び捨てで呼ばれたとなると、吉富はかなり我が身も危ないかと身の縮む思いをする。何を言われるのかと、冷や汗を掻きながら幸司のデスクへと行く。
「課長、何か?」
「事務補助の件だが、彼女をお前の補助につける予定はないが、あの香川も希望している」
几帳面で誰の手を借りずともテキパキと業務をこなす香川でさえ、補助を必要としているのならば、吉富も例外ではないだろうと、幸司なりの考えに至る。
「要望書を提出しろ。それ次第では君にも補助をつけよう。但し、専属させると言うより、君の仕事を優先して手伝わせるものだが。それでもいいか?」
「はい、私の仕事を優先して貰えるならば助かります。課長には日下がいますが、私にもそんな相手を望みます」
それはこの前の美幸が酔っぱらった、あの時の会話の続きを思わせる物言いに、幸司の眉間にシワがよると微かに唇が震える。
「余計な詮索はするな、事務補助が欲しければ要望書を出すだけでいい」
「出来れば香川先輩ではなく、私を選んでいただくと大事に使わせて頂きますよ」
口角を僅かに上げて微笑む吉富。幸司は拳を握るが大きく呼吸をし吉富を笑い返す。
「お前ごときに何ができる」
幸司の恐ろしいほどの睨みに吉富の顔から笑顔が消える。隣で二人の会話を聞いていた晴海でさえ、ゾクッと背筋が凍りそうになる。