元カレバンドDX
 約束の時間を確認して、急いで化粧を始める。

 まさか、あの有名なレコード会社の人から連絡が来るとは思わなかった。

 その人は、あたしが一昨年まで充晴と組んでいたバンドのライブをたまたま観ていたらしい。

 その時点では、面白いボーカルの子がいるなというだけで、特に声を掛けようとは思わなかったという。

 しかし、あとからすごく気になってしまったとのことだった。

 けれど、あたしはバンドも辞めてしまったし、どこの誰だかわからない。

 それから、ライブハウスなどいろいろな人に聞きまわって、ようやくあたしに辿り着いたという。

「ストーンスムースレコーズ……超大手じゃん……」

 今まで、数えきれないくらいのデモ音源を、様々なオーディションやレコード会社に送って来た。

 けれど、いつも不合格の通知が届くだけだった。

 過去に、ストーンスムースレコーズのオーディションを受けて落ちた記憶さえある。

 それなのに、今回は向こうからやって来るなんて……

 レコード会社の人は、詳しくは会ってから話しますと言っていたが、一体どんな話なのだろう。

 クリスマス前の子どものように、あたしの胸は期待で高まる。

 とにもかくにも、悪い話ではないことは確かだ。

 しかも、あたしの家まで直接来てくれるという。

 過去の経験や雑誌の情報から、オーディションや面接は、“受けに行く”ものなのだと認識しているあたしにとって、これは、すごく重大な出来事だ。

 以前、大好きなアーティストのデビュー秘話をラジオで聞いたことがあるが、デモテープを聞いたレコード会社の人が、家まで飛んでやってきたという。

(う~ん、まさに一緒じゃない!?)

 化粧を終えたあたしは、また1階に降りていった。

「おかーさーーーん!!玄関とトイレの掃除もしておいてねーーー!!!」

 あたしのドリームライフは、ここから幕を開けようとしていた。
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