1ページの物語。
-本心-




「ただいま」


「っ……」


「何だよ」


口が開いてるけど声が出ない奴なんて初めて見た。


そう思いながら目の前の母親をガン見する。

そして、やっと開いた口に声が追いついたのか



「か、和也!あんた何年振りよ!連絡一つ寄越さないで帰って来るなんて!
一瞬久しぶりすぎて言葉失ったわ!」


大声で叫んだ。


「帰った」


「帰ったって……謝罪の一つくらいしなさいよね」


別に母親の愚痴を聞きたくて帰った訳じゃない。

まだ続く愚痴を無視して本題を切り出す。


「なぁ、あいつらの写真…撮った?」


あいつらなんて纏めて言っておきながら心の中はあいつしか興味を示してない。

あとの2人はおまけみたいなモノだ。


「当たり前でしょ?

今日はあの子達の晴れ舞台よ?

1人ずつ撮ったのと3人揃って並んだ写真撮ったわよ」


カメラとスマホ、二台持ちよとドヤ顔で見せて来る。



「それ俺にくれ」



目の前のドヤ顔の母親に負けない程のドヤ顔で迷いなく掌を出して要求する。



「だと思って和子ちゃんメインで撮ったわよ」


さすが何十年も俺の母親を務めているだけはある。


「息子はただのスーツ姿だから何枚も撮ってもね〜。

だから、もう1人の息子の為にちゃんと動いてやったから感謝しなさい。

…それと和子ちゃん、結婚したら此処から遠くの所に家を構えるって聞いたからあんたも時々は帰って来なさいよ」


「……あぁ」


俺が小さな声で返事をすると、悲しそうに眉毛を下げながら笑みを向け

俺がすぐ来ることを見越して急いで現像したであろう写真と写メを俺のスマホに送ってくれた。


「ありがとう…じゃあ、俺帰るな」


「もう?…珈琲くらい飲んでいけば?」


母親が言うのも一理ある。

実家に着いてまだ10分も経ってない。



「急がないとあいつら帰ってくるだろ?」


目的は果たした今、式はまだ続いていると思うが偶然鉢合わせなんてしたくない俺は急いで出ることしか選択は無い。


「じゃあな。

あ、後…悪いけど俺この先結婚する気はないから。
孫は緑を充てにしてくれ」


「…そんなこと言われなくてもあんたが家を出たあの日から覚悟はしてたわ」



寂しそうに笑う母親に少し感じた罪悪感を尻目に

早々に家を出て車に乗ったが、エンジンを掛ける前に先程送ってもらった写メを見る為、スマホを弄る。


画面には綺麗な着物姿の彼女が恥ずかしそうにこちらに笑みを向けている。

そんな彼女の写真を見ただけで自然と口角が上がる。

画像を待ち受けに設定すると、エンジンを掛け出発した。


車内のBGMはよくあいつが口ずさんでいたアイドル歌手の歌。

本家の歌が車内で流れるのに頭の中ではあいつの声で再生される。


「どんだけ好きなんだよ…」


昨日最後の別れまでしたのに影ではストーカーの様に追いかけて何とも情けない。


赤信号に止まってボーッと歩道を歩く人たちに視線を向けると遠くから3人の人影が近づいて来るのが見えた。


やっぱり早めに家を出て正解だった様だ。



「…あいつらサボリ魔な所は変わってないな」


時計に視線を向ければまだ式の途中なのに、和子たち3人は家路の方へ向かっている。

まぁ、あいつらの事だからハゲた市長の話なんて興味ないってとこだろう。



3人に視線を向けていると後ろから鳴り響くクラクションの音で信号が青になった事に気付くと我に戻り、

舌打ちと共に急いで右に曲がる。

その瞬間、俺の気のせいか着物姿のあいつと目が合った様に思えた。



いや、確かに目は合った。


一瞬、驚いた顔をして微笑んだあいつに。


その姿は写真では満足できないほど誰よりも可愛く、綺麗だった。



車は止まることなく、自宅の道のりに進む。


ハンドルを片手で握り、タバコを加え火をつける。

煙を吐き出せば車内に舞う煙と

いつも助手席で煙に苦い顔を見せていたあいつと

先ほど大人になったあいつを思い出す。



「本当………愛しくて堪らない」


この気持ちはこの先何年経っても誰1人塗り替えることはできないんだ。


けれど俺はそんな人生を心から愛しく感じる。


【本心】from...『煙草味のキス』

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