王太子殿下は囚われ姫を愛したくてたまらない
「紅茶のおかわりはいかがですか? 必要なら用意しますが」
ワゴンの上にあるティーポットにお湯を注ごうとするジュリアさんに「あ……じゃあ、お願いします」と答える。
そして、ジュリアさんが背中を向けた瞬間、ガイルが置いたメモを取り、テーブルの影になるようにして中を確認する。
『シオン、第二騎士団の団長だって話だけど、それにしては権力を持ってる気がする。隙を見て調べてみる。もしもおまえがここの暮らしに耐えられなくなったら俺の部屋に来い。ここよりひとつ下の階の、一番西の部屋だ。死ぬ気でおまえを逃がしてやる』
顔を上げると、微笑んだガイルと目が合う。
ポンポン会話をやりとりしていたさっきまでとは違い、優しい顔だった。
その瞳は細められていたけれど、強い意志がこもっていて……キュッと口を結んでからうなづいた。
『こんなもんしか用意できなかったけど、逃げ出すとき、何もないよりはマシだろ。ここの鍵のひとつは、たぶん、これで開けられる。やり方わかるよな?』
メモに挟まっていたのは、一本の細い針金だった。
武器になりそうなものは、テネーブル王国を出るときに全部取り上げられた。
これはきっと、ガイルが自分の部屋の中でどうにか探してくれたものなんだろう。
銀色の針金を握りしめながら、自然と歯を食いしばっていた。
この五日間、たくさん心配してくれたんだろう。軽口を叩いたのだってきっと、私を安心させるためだ。
それが文字から伝わってきてうっかり涙が浮かびそうになってしまう。
そんな私に気付いてか、ガイルが明るい声で言う。
「しかし、この国のベッドは随分柔らかいよな。初日は首寝違えて大変だった」
「……クレア様も慣れないようでしたが、テネーブル王国のベッドはみんな硬かったんですか?」
不思議そうにしながらカップに紅茶を注いでくれるジュリアさんには見つからないよう、瞳の端に溜まった涙を拭った。