この恋を、忘れるしかなかった。
◇◇◇


放課後の教室ーーーいくつになっても、わたしはこの場所が好きだった…。
外から聞こえてくる運動部の生徒達の声に耳を傾けながら、少しボーっとしていたわたしを我に返らせたのも、やはり生徒の声だったーーー。

「リカちゃん先生?ねぇ、リカちゃん先生ってば!」
「…え?なに?何か言った?」
「聞いてなかったのぉ?」
わたしの反応に、あからさまにふくれっ面になったのは、西崎(にしざき)美雪(みゆ)、この高校の2年生の生徒だった。
そしてわたしはというと、1年2組の担任で美術の教員、安藤(あんどう)梨花子(りかこ)ーーー、一部の生徒達からは”リカちゃん先生”と呼ばれている。
半年前に転任してきた矢先、突然ある男子生徒からつけられたあだ名だった。
親しみを込めてくれていると思えば悪い気はしないものの、最近の子は先生という立場の人間をナメてるわね……という気持ちもあった。
「ごめん美雪(みゆ)ちゃん、何だった?」
美雪ちゃんの話を全くと言っていいほど聞いていなかったわたしは、素直に聞き返した。
「だからぁー…」
美雪ちゃんは、わたしと同じくらいの胸下まである長い髪を束ねながら、半ばあきれている様にも見えた。
「美雪がね、結婚生活について聞きたいって」
割って入ってきたのは、(はやし)恵都(けいと)、恵ちゃんも美雪ちゃんと同じ2年3組の生徒。
「えーっ、結婚生活?」
秋ーーー10月の夕方はいくらか肌寒く感じ、それでも、夕陽に照らされた木々の葉のその煌めく様は、見ていて飽きることなく、枯れるまいと踏ん張っているみたいだった。
「わたし子供いないし専業主婦でもないし、う~ん…普通、かな」
「普通?何が普通なのー?全然わかんないしー!」
そう言って、髪を束ね終えた美雪ちゃんが少し笑った。
「さすがリカちゃん先生」
「ちょっと恵ちゃん、さすがってどういう意味よ?」
「きゃはは、ごめんなさーい!」
わざと大げさにリアクションする恵ちゃんを見て、わたしと美雪ちゃんも笑った。



< 2 / 96 >

この作品をシェア

pagetop