この恋を、忘れるしかなかった。
変に意識しすぎてまともに霧島くんの顔を見れなくなったわたしは、うつむき加減で声をかけた。
「スケッチブック、ある?」
「え⁈あ、スケッチブック⁈ごめん、職員室だけど…どうする?」
「じゃあ明日でいいや」
忘れ物って、このことだったのかな…。
霧島くんは、くくくと笑いをこらえたような声を出しながら、そのままわたしの方へ近づいてきた。
「安藤先生、やっぱかわいいね。今度先生のこと描かせてよ」
何言ってんの、霧島くんは。
からかうのもいい加減にしてほしい。
そう声を大にして言えばいいのに、
「や、やめてよ…わたし絵のモデルなんか…」
ドキドキしすぎて、それどころじゃなかった。
いつも霧島くんにペースを乱されて、からかわれっぱなしで毅然とできないわたしって、最悪だ。
しっかりしろ、梨花子。
「でもオレは、描きたいんだ」
そんなわたしとは真逆で、堂々としている霧島くんのその真っすぐな瞳は、優しく強く、わたしを捕らえて放さなかった。
「そ、そんなこと言われても…。あっ、わたしもう職員室に戻るから…霧島くんも、忘れ物取りに行ったら早く帰りなよ?」
無理矢理話を切り上げたわたしは、霧島くんから逃れるように大きな声をあげ、くるりと背を向けた。
早く霧島くんから離れなきゃ…そう思って教室から出ようとした瞬間、わたしの足は、霧島くんによって止まることになる。

「先生のこと…本気で好きだって言ったら、どうする?」
雨足は強まっているけど、その音に邪魔されることなく、声は真っすぐわたしの中に入ってきた。
でも、霧島くんの言葉の全てを消化しきれていないわたしの身体は、固まって、その場から動けなくなっていた。
「オレの気持ち、言っておきたかっただけだから」
オレの気持ち……って。
本気で、好きーーー?
「ま、またからかって……」
わたしは霧島くんに背を向けたまま、何とか言葉を返した。
「からかってなんかないよ」
霧島くんの言葉は、どこまでも真っすぐわたしに届き、響く。

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