神様修行はじめます! 其の五
 空と、光と、大地。

 それらが当たり前に存在している奇跡の世界の中で、あの人と私は出会った。


 成重様は、私を見つけてくださった。


 他の誰でもない、小浮気水晶という存在を、見つけてくださった。


 水底の中で生まれてからずっと息を潜め、明日をも知れぬ定めに、死にもの狂いで抗い続けていた日々。


 見送ってきた多数の仲間の命。流した涙。積もる怨嗟。苦しみに澱む水。


 それでも、あぁ……成重様。


 あなたは私に、明日の良き日和に、ずっと欲しかった言葉を与えて下さるのだろうか……!?


 居ても立っても居られずに、右に左にジタバタして、立ち止まっては我慢できずに、またクルクルと歩き回る。


 高揚と期待に溢れる感情をとても制御できなくて、いまにも心臓が破裂してしまいそうだ。


 熱く火照る両頬に手をギュッと押し当てて、勝手に緩む表情をビシビシ叩いて引き締める。


 あ、そうだ! こうしてはいられない!


 さっそく父様に、このことをご報告……!


『水晶様』

『きゃっ!?』


 いきなり背後から不意打ちで声をかけられ、水晶は飛び上って驚いた。


 弾かれたように振り向くと、いつの間にか父様の側近が、ひどく神妙な様子で縁側に控えている。


 たしかこの人は、蛟一族との連絡を担っている用人だった。


 いやだ、いつからそこにいたの?

 ずいぶん複雑そうな顔をしているけれど、もしかしたら一部始終を見られてしまったのかしら?


『水晶様』


『あ、違うんです。私が挙動不審だったのは、ちょっと理由があって……』


『水晶様』


『大丈夫です。ちゃんと持ち直しましたから。もう平常心に戻りましたから」


『水晶様』


『ですからもう、大丈……』


 側近の顔が青ざめていることに、水晶はようやく気がついた。


 逃げ場のない断崖に追い詰められた獲物のような表情で、側近は水晶を凝視している。


 両目は赤く充血し、震える唇で、涙声をただ繰り返すばかり。


『水晶……さ、ま……』


 昂ぶりが嘘のように、一瞬で引いていく。


 染まった頬を押さえていた水晶の両手が、パタリと、力無く崩れ落ちた……。






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