近すぎて
ちょうど一年前、慎司に抱えられて歩いた廊下を、今日はしっかりと自分の足だけで進む。

あの日とまったく同じ部屋へ案内され、その豪華さに同じように感嘆のため息を漏らした。

予約が入っているというレストランは、申し訳ないけれどキャンセルさせてもらった。とてもではないけど、そんなところでおひとり様の食事を摂る勇気はない。
そのかわり、お腹を空かせてやって来るかもしれない慎司のために軽くつまめる物を、とお願いしたら、にこやかに了承された。

これって普通のことなのかな?それともこの部屋のお客様だから?

あらためて、ただ宿泊するには広すぎる室内を見渡した。

暖かな光の間接照明が照らす、ダークな色合いで統一感のある調度類とアイボリーのファブリックが、非日常の中にいながらも落ち着いた雰囲気を醸す。最新の大画面テレビの方が場違いにみえた。

奥には、前回私がひとりで占領してしまった大きなベッドと目映い夜景を臨める大きな窓があるはず。
ウエルカムドリンクとして注がれたシャンパンの浮かんでは弾ける泡が、あの夜の記憶を呼び起こした。

フロート型のシャンパングラスを手に、去年は涙で滲んだ街の灯りの前に立つ。
灯りの数や位置が以前とほんの少し異なるだけの景色が窓いっぱいに広がっている。世間も自分を取り巻く環境も、この一年で特別変わったわけではないのに、同じはずの風景がなんとなく違って見えるのはなぜだろう。

窓ガラスにぼんやりと映った自分の姿を見て、その理由がわかった。

私の中に、慎司の存在がしっかりと入り込んだからだ。
そしていま、去年のように彼がここにいないことが、無性に寂しい。

たった一年で大きく変化した慎司への想いが、そう感じせている。


結婚披露宴くらいでしか飲んだことのないシャンパンが、知らず乾いていた喉を通っていくけれど、味なんてしなかった。


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