純情シンデレラ
「なぜ君は笑いながら入力できるんだ?余裕だな」
「うーん・・・。私の父は小説家だど、松本さん、食堂に来たとき、父から聞きましたか?」
「いや。聞いてない」
「そうですか・・・。もう何年も前の話なんですけど。お父さんが書き上げた原稿を、お母さんが誤って捨ててしまった事があったんです」
「それは大変なことじゃないか」
「はい。当時はワープロなんて普及してないから、全部手書きです。もしものときのバックアップなんて、もちろんありません。原稿用紙だって100枚以上あったし。どうやらお父さんは寝ぼけていたらしくて、ゴミとして処分するところに置いてしまってたらしいんです。だからお母さんは、ゴミだと思って捨てちゃったって。最後の方は徹夜して書き上げた小説なのに、肝心の原稿がない。でも編集者さんは“完成した”と聞いて原稿を取りに来ている。締切もギリギリいっぱい」
「それで?お父さんはどうした」
「最初から全部書きました。書き直したって言うべきなのかな。とにかく、捨ててしまったものはもう戻ってこないし、また自分で書くしか方法はないから。手は痛いけど、それでも書くしかない。自分の記憶を頼りに、お父さんは食べる時間も寝る間も惜しんで―――実際、寝る時間なんてなかったそうですけど―――ひたすら書き続けたそうです。そうして、丸2日で書き上げた作品で、実は初めてブレイクして。それからシリーズ化になって。今ではお父さんの代表作になっているんですよ」
「タイトル、聞いてもいいか」
「はい。日暮(ひぐらし)警部シリーズです」
「ああ、あの・・・。じゃ、君のお父さんって、みかみあつし氏なのか!?あの人が・・・」

心底驚いた顔をしている松本さんに、私は微笑みながら「はい」と答えた。
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