純情シンデレラ
「どうだ。出(いずる)くんも一杯飲まんか。車で来てないんだろ?」
「すいません。今日は遠慮しておきます」
「もしかして下戸か」
「いえ。そんなことはないんですが」
「じゃあ一杯くらい・・・」
「実は、自分は酒が入るとより方向感覚が鈍くなるタイプでして」という松本さんの低い声に反応するように、私は思わず「は」と言ってしまった。

それって、方向音痴ってこと、じゃないの・・・?

あぁ、でもそれで分かった。
柳谷(りゅうこく)駅からつるかめ食堂に来るまで、松本さんはずっと周囲をキョロキョロと見ていた理由が。
きっと駅までの目印になるようなものを、探していたに違いない。

「地図は読めるんですが、方向はどうも苦手で。この辺に来たのは初めてですし」
「そうかー。いや、誰にでも得手不得手はあるもんだ」
「そうですよ。完璧な人間なんていやしませんって」と言いながら、ごはんが入った茶碗と肉じゃがが入ったお皿を持ってきたお母さんに、松本さんは軽く頭を下げると、「いただきます」と言って食べ始めた。

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