純情シンデレラ
「お母さん、とても美味しかったです。また来ます」
「えぇえぇ。ホントにいつでもいいから来てちょうだいね」
「はい。必ず来ます」
「出くん。駅までの道は分かるか」
「・・・たぶん。途中、“あきよし”とかいう看板を見かけたんですが」
「え。それって“つきほし”じゃ・・」と私は言いながら、ハッと気がついた。

そうだった。
松本さんって、人の名前を覚えることも苦手だった!

「ここから駅までタクシーだとワンメーターの距離だから、なかなか拾えないのよねぇ。店から電話しても、あんまり良い顔されないし。バス停はすぐそこにあるけど、バス待ってる間に駅まで歩いた方が早いしねぇ」
「私、駅まで送ります」
「いや。もう夜遅いし暗いから、君はお父さんとお母さんと一緒に家に帰るんだ」
「でも・・」
「俺なら大丈夫だ」
「出くん。あそこにある最初の十字路が見えるか」
「はい」
「そこを右に曲がって、後はずっーと真っ直ぐ・・そうだな、5分くらい歩けば駅に着く。とにかく右に曲がった後は真っ直ぐだから、暗くても迷うことはないだろう」
「看板のことは、ひとまず忘れてください」
「そうか。分かった。あそこを右に曲がって後は真っ直ぐ」とブツブツ呟いた松本さんは、道順が頭の中に入ったのか、「では。おやすみなさい!」と元気よく言うと、颯爽と歩き始めた。

私たちは、内心ハラハラしながら、だんだん小さくなっていく松本さんの後姿を見守っていた。
そして松本さんが最初の十字路を右に曲がったのを、無事確認したとき、お母さんと私は思わず安堵の息をつき、お父さんは見えなくなった松本さんに、拍手を贈っていた。

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