失恋相手が恋人です
二人で駅まで歩いて。

何処に向かうのかな、とぼんやりした頭で思った。

不思議と不安はなく、ただずっと手を繋いで歩いていたいとさえ思った。

駅前に停まっていたタクシーに乗って。

葵くんは運転手さんに私の知らない住所を告げる。

それからギュッと握っている手に力を込めて。

「……俺の家に行くけどいい?」

焦げ茶色の瞳で真っ直ぐに私を見つめて言った。

家、という単語にドキドキして、耳の辺りがカアッと赤くなる。

そんな私の様子を見て、葵くんはクスッと笑った。

「……大丈夫、話をしたいだけだから」

いつかのように私の心中を察したのか、面白がるみたいな表情で私を覗きこむ葵くん。

何処となく、まだ男の子のような幼さがあった顔立ちや仕草がすっかり大人の男性になっていて、私をクラクラさせる。

女の子も羨むくらいの長い睫毛もスッキリした鼻筋も相変わらず全てが完璧で。

どうしてこんな綺麗な男性が私を好きと言ってくれるのか、やっぱり謎で、ましてや今、手を繋いでタクシーに揺られていることが夢みたいで。

だけど。

葵くんのつけている香水なのか、初めて嗅ぐフワッとスッキリしたミントのような香りが漂ってきて。

これは現実なんだと私に認識させてくれる。

タクシーがとても豪奢なマンションのエントランスに停まる。

促されて降りた私はその立派さに圧倒される。

キーをかざさずに、オートロックを解除して私を再び促す葵くん。

高い天井と広いロビーを抜けて、エレベーターを呼ぶためにまたオートロックを解除して。

そのセキリュティにも圧倒されて。

私はおずおずと十五階の葵くんの部屋に向かった。

考えてみたら、付き合っていた頃は葵くんは実家暮らしだったから、葵くんの自宅、部屋に行くことは初めてで。

そんな事実に今更気づいて不意に緊張する。

葵くんはエレベーターに乗り込むとすぐにまた私を抱きしめた。

「……葵くんっ」

ビックリした私が葵くんを見上げると。

「ごめん、どうしても抱きしめたくて」

と苦笑しながら言った。

私の心臓はドキドキしっぱなしだ。

十五階に着いて。

葵くんが部屋のドアを開ける。








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