失恋相手が恋人です
「……お、お邪魔します」

そろりと真っ白なタイルの玄関に足を踏み入れる。

「ごめん、沙穂。
帰国したばかりで、散らかってるし、家具や物も殆どないんだけど……」

少しばつが悪そうに眉尻をさげる葵くん。

真新しい部屋は白を基調としていて、広々としていた。

フローリングも真っ白で。

片付いている、というより葵くんが言うように、家具といった家財が殆どなかった。

暮れかけた空がよく見える大きな窓の前に置かれた黒い革のソファにローテーブル、その前に置かれているテレビ……。

後は積み上げられた段ボールや紙袋。

「ううん、大丈夫」

私はその雰囲気が何だか楽しくて微笑む。

「……沙穂、何か楽しそうだね」

不思議そうにきく葵くんに。

「うーん。
何か完璧にみえる葵くんの完璧でない一面にホッとしたから」

思わずクスッと笑って返すと。

「何、それ」

俺、そんな完璧じゃないし、とブツクサ言いながらローテーブルの上に散らばっていた書類を片付けて、葵くんはキッチンに向かう。

「何か飲む……っていってもごめん、ミネラルウォーターしかないな……何か買ってくるよ」

もう一度玄関に向かおうとする葵くんのジャケットの裾をつかむ。

「いいよ、大丈夫。
それより葵くん……話って……」

私が上目遣いで聞くと葵くんは右手で自分の口を覆って。

「……頼むからそんな顔するなよ……」

と、目を逸らした。

私がキョトンとしていると葵くんは私の手を引っ張って、ソファに座らせる。

葵くんは私の横に座り、私の頬を大きな手で撫でながら。

「……話、してもいい?」

切り出して。

私が頷くと。

「何処から、いつからのことを話せばいいのかわからないんだけど……。
俺はずっと前、沙穂の髪が俺のボタンに絡まる前から沙穂を見てたんだ。
多分……自分が気付いていないだけで、沙穂を好きだったんだと思う、ずっと。」

その言葉に私は驚いて葵くんを見つめた。

「……別に自慢するわけじゃないけど……外見だけで色々女子に騒がれるのは昔からで。
一人で静かに過ごしたい時によくあの本館を使ってたんだ」

古いし、エレベーター一基しかないからあまり人が来ないからね、と彼は小さく笑った。

「階段教室は日当たりも風通しも良かったし、結構気に入ってて。
それが急に女子が一人やって来るようになってさ」

ニヤッと少し面白そうに葵くんは私の額を長い指でつついた。

「最初は別に気にしてなくてさ。
何より、話しかけられたくなかったし。
関わり合いたくなかったし。
俺以外にもここが好きなやついるんだなくらいにしか思ってなかったんだ」

……私の行動バレバレだったんだ、と改めて恥ずかしくなる。

「いつも同じ席に座って、結構な時間を過ごして、普通の女の子みたいなのに何してるんだろ、とかは思ってた」

それは私自身も葵くんへの気持ちを自覚していなかった頃。

私達の懐かしい思い出の話だった……。







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