失恋相手が恋人です
「……今のままって何か不自然な気しない?」

穏やかな声で言う葵くん。

不自然。

それはもうずっと前から。

想いを伝え合って、お互いの気持ちを確認し合って、それから始まるのが普通の恋人なら。

お互いの気持ちに背を向けて、大切な部分を隠したまま始まった私達は、そもそも不自然だ。

しかも。

私は葵くんではない誰かに失恋したと彼は思っている。

そして私もまた、葵くんの本当の想いを知らない。

歩美先輩への想いを。

諦めたのか、乗り越えたのか。

聞くことすらない。

私達はお互いに核の部分に触れずに周りをぐるぐるしながら近付いている。

更に。

私が彼を。

ずっとずっと想っていることをきっともう伝えられない。

「……沙穂?」

黙りこんだ私の名前を優しく彼が呼ぶ。

そんな声で呼ばないで。

そんなに優しくしないで。

想いがいっぱいになる。

不意に涙で視界が霞む。

驚いた様子の葵くんは、少し目を見開いて、空いてる方の指で涙を拭ってくれる。

「……そんなに嫌?
……だめな提案だった?」

困ったような顔。

違うの、困っていないの。

どうしていいかわからないの。

嬉しいの、でもこのままでいいかわからないの。

気持ちを隠せる自信が、もうないの。

「……違うよ、ビックリしただけ」

建前だけを取り繕うことがいつの間にか上手になった私は顔をあげて彼を見る。

ごめんね、と笑う。

「……そうだね、不自然だもんね。
ちゃんと、向き合って一緒にいよう?」

繋いだ手をギュッと握り返した。

葵くんは、何も言わず、眉尻を下げて私の大好きな笑顔を見せてくれた。






< 57 / 117 >

この作品をシェア

pagetop