失恋相手が恋人です
「沙穂ちゃん、葵くんと私が入籍したって思ったでしょ?」

フフッと小さく微笑んで歩美先輩は運ばれてきたオレンジジュースを飲んだ。

私が来る前に二人で色々オーダーしておいてくれたらしい。

「でも、先輩は東堂先輩とは……」

おめでとうございます、を言うことも忘れて私は狼狽える。

どうして?

先輩はあの時、東堂先輩と別れたんじゃ……。

「そう、沙穂ちゃんも知っているように、私と正樹は四年前に一度別れたの。
別れたって言っても私が別れるって一方的に宣言して逃げたんだけどね。
だって酷いと思わない?
急に海外赴任が決まった、なんて言うのよ?
私は正樹が海外赴任を希望していたことすら話してもらってなかったのよ?」

当時を思い出したのか眉間に皺を寄せて息巻く歩美先輩。

「……そ、そうだったんですか……」

あまりの歩美先輩の剣幕と新たに知った出来事に頭がついていかずに呆然とする私。

「だって、私にも仕事があるし、将来のことだって考えていたのよ?
なのに、いきなり遠距離恋愛だ、海外赴任だって言われても……私達二人はどうなるの?って思って……。
不安でたまらなくて」

「……いきなり遠距離恋愛、しかも海外は辛いですよね」

今まで黙っていた萌恵が相槌をうつ。

「そうでしょ?
結局揉めるだけ揉めて、遠距離恋愛をすることになったんだけど……。
って、ごめんなさい。
私のことはいいわ、葵くんと沙穂ちゃんのことよ」

慌てた様子で歩美先輩は話を続ける。

「もしかして、なんだけど……あの日……私が偶然葵くんに大学で会った日、沙穂ちゃんも大学に来ていた?」

心配そうな表情で歩美先輩は私を見た。

私は小さく頷く。

「……そう、やっぱり……誤解させてごめんね。
もしかしなくても……話も聞いたのよね?」

再び小さく頷く私。

「……すみません。
盗み聞きするつもりはなかったのですけど、葵くんを捜していたら先輩の声が聞こえてきて……」

「ううん、いいの。
沙穂ちゃんが謝ることじゃないの。
むしろ謝らなきゃいけないのは私なの。
あの日、午前中に正樹に会って言われたの。
そのことがすごくショックで頭が真っ白になって気がついたら正樹に別れを宣言して走って逃げていたわ……。
ちょうどその日は、大学の事務局に行く用事があった日だったの。
真っ白な頭のなかでも、おかしいことにそれだけは覚えていて……」

先輩は苦笑した。

「ボンヤリしながら大学の事務局に寄って、ふと正樹と過ごした教室が懐かしくなってふらっと立ち寄ったの。
そうしたら、そこに葵くんが偶然いたのよ」

ドクン、と心臓が音をたてる。

それはずっと四年間脳裏に焼き付いている場面。

「葵くん、私の様子がおかしいと思って心配して話しかけてくれたの。
大丈夫ですか、何かあったんですかって。
情けないことに私、そんな葵くんの優しい声を聞いてボロボロ泣いちゃったの。
……それからは沙穂ちゃんが知っているとおりなの」

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