明け方の眠り姫
にっこりと笑って、僕は答えた。
「おかげさまで。幸せな夜を過ごさせてもらいました」
「よる……って……」
途端に顔を真っ赤にした彼女が、何を想像したのかは明らかである。
「そっ、そういうこと聞いたんじゃありませんっ! ただ、気持ちを伝えあえたのかなってっ」
「そういうことって? 二人で気持ちを確かめ合って、幸せな夜だったよ?」
更に意地悪に切り返すと、彼女はリンゴみたいな美味しそうな顔色のまま、ぱくぱくと唇を空振りさせ、言葉を失う。
ふっふん。
多分マスターに唆されたんだろうけど、綾ちゃんだって僕が勘違いしてるのを黙って見過ごしたんだからな、共犯だ。
「うちの店員を苛めるのは止めてくださいね。綾さん、オーダーの入ってる花束、そろそろ用意をお願いしていいですか?」
カウンターからマスターの助けが入り、綾ちゃんは「は、はいっ!」と勢い良い返事と同時にぺこりと腰を折り、切り花がならぶ商品棚の方へと逃げ出した。
「先に苛めたのはそっちのくせに」
「そんなつもりはありませんが……で、夏希さんはいつ頃日本にお帰りなんですか?」
「あとひと月ぐらいって言ってたかな。それまでに、僕も夏希さんの仕事手伝えるようにしないと」
両親には伝えたが、僕はやっぱり、誰もが認める長男のあのひとが店を継ぐべきだと思う。
あの頑固者の兄貴を説得するのは一苦労しそうだが、今まで事なかれ主義で言いなりになってきたツケだ。
とことん話し合う覚悟で居なければならないだろうと思っている。