甘い音色は雪で蕩ける。

すると、彼がにやりと笑って100本の薔薇の花束を差し出してくれた。

「ありがとうございます! は、初めてもらっちゃいましたっ」

ずしりと思い薔薇の花束に、眩暈がしそうなほど興奮していた。

「99本しかないけどね」

「99本?」

「最後の一本は、――帰りに二人だけの時に」

耳元で甘く囁かれた後、挨拶の様な優しいハグ。
拍手喝采の中、四年間の私のピアニストとしての幕が下りた。


従業員の皆さんに、ロッカーでお別れ会をしてもらい号泣する私に、美奈子さんが慌てる。

「目、擦ったらダメよ。マスカラ落ちちゃうし! ほら、メイク直して、ロビーで待ってる彼に会いに行かなきゃ」

着替えることも許されず、荷物と花束だけ持ってエレベーターに押し込まれる。

「二人のお互いを見る熱い視線に、私たちはとっくに気付いてましたよ!」

エレベーターが閉まる中、皆が口をそろえてそう言った。


辞めることがきっかけになったけれど、いつか、こうして話せれたらいいなと思っていた。

だから、今、私は夢みたいなふわふわした雪みたいな現実の中、エレベーターを降りている。
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