極上な彼の一途な独占欲
胸に抱えていたバインダーを、ぎゅっと握りしめた。

伊吹さんの香りがする。

唇の温度を間近に感じる。

頬から耳にかけてを覆う、男の人らしい手の感触。

心臓の拍動が内側から鼓膜を叩いて、もうステージの音も聞こえない。

…いつまでたってもそこから状況に変化がないので、ふと目を開けた。え、"開けた"? てことは私、目を閉じていたの? いつから?

目を瞬かせる私を、伊吹さんが見下ろしている。手だけはさっきまでと同じく、私の髪に差し込んで。けれどあの甘かった空気はきれいさっぱり消して、にやにやと楽しげに笑いながら。

顔がかっと熱を持つのがわかった。

やられた…!


「まあ、残念ながら」


言いながら伊吹さんが、私の髪から指を抜く。もう私への興味なんてどこかへ忘れてきたみたいに、暗闇で首をひねりながら腕時計を見て、脇のドアのほうへ行った。


「俺は欲しがられると、やりたくなくなるたちでな」


バカにしきった笑みが、外界の光を受けてはっきり見える。

私は言い返そうとしたのだけれど、怒りのあまり言葉がうまく出てこなかった。


「欲しがってるとか…そ、そういうのが図に乗ってるって」

「なに怒ってるんだ?」


伊吹さんはさっとドアからすべり出て、閉める瞬間、中の私に向かって笑んだ。


「犬の話だぜ」

「…………!」


声にならない罵声を浴びせようとしたときには、狭いスペースにひとりきりになっていた。

悔しい、悔しい、悔しい──!

ひざにバインダーを叩きつけて、行き場のない怒りと恥ずかしさをぶつける。

目を閉じたのを見られた。キスを待ってしまったのを悟られた。

仕方ないじゃない、あの状況なら、待っちゃうよ!
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