不器用な彼氏
姉貴のしつこく進めた駐車場は、お台場から、かなり離れた辺境地にあったが、それの意味するものが安さだけではないことが、アイツの驚嘆で明るみになった。

車の後ろ側のフェンス越しに広がるそれは、さっき海岸でみた夜景とは比べ物にならないほどの、絶景。

隣を見ると、目の前の景色から漏れるイルミネーションの明かりで、浮かび上がるアイツの横顔が、感動で高揚していて、やけに艶っぽい。

今さっき、抱くのはまだ先で良いと、決めたはずなのに、もうぐらつきそうだった。

…と、次の瞬間、アイツがまた瞳を閉じる。
さっきと違い、周りに誰もいないことは、確認しなくとも、わかっていた。

軽く触れるぐらいなら問題ないだろうと、瞳を閉じたままのアイツの唇に、自分のそれで軽く触れて、すぐ離れる。親が赤ん坊にするような、一瞬触れるだけの軽いキスだったが、俺たちにとっては、ファーストキスになる。

30過ぎた男が、こんなキスで当然満足など出来るわけがないが、これから先のことを考えたら、一瞬だけの柔らかなその感触を味わえただけでも、今日は良しとすることにしょう。

…ところが、車に戻りかけた俺に、アイツが頓狂な声を上げる。

理由を聞けば、さっき目を閉じたのは、キスを誘っていた訳ではないらしい。

この歳で『キスしていいか?』などと、聞く方が気恥ずかしく、アイツには悪いが、このタイミングで瞳を閉じた方が悪い。

すると、アイツがとんでもないことを言い出した。
もう一度、ちゃんと(キスを)してほしい、と。

これには、閉じ込めたはずの理性が、グラグラと崩壊する音が響き渡った。
俺のシャツを、ぎゅと握りしめた、アイツの手から流れ込む想いに、もう抗えない。

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