不器用な彼氏
異動する前日の終業時間後。

2階にあるTM課から、3階にある広域建設部への引っ越しの為、自分の机の整理をしていると、アイツもこうして一緒に職場で過ごすのも、今日で最後だからと、共に残ってくれた。

口では『俺につきあって、残ってる必要ない』と言いながら、それに対してアイツが、素直に『一緒にいたい』などと言うもんだから、思わず動揺して書類をバラまいてしまった。

職場で、おそらく無意識に発するアイツの一言は、マジで心臓に悪い。

暫くして、広い執務室内に二人きりになると、気が緩んだのか、アイツが話しかけてきた。
誰もいないことをいいことに、アイツがここに異動してきてからのことを振り返りながら、懐かしんでいると、突然アイツが涙をこぼした。

付き合い始めてから、初めて見るアイツの涙に、俺は動揺した。

毎日のように、ずっと近くにいたのに、明日から離れてしまうことになり、やっぱり不安があるのだろう。確かに、職場以外で会う時間は、相変わらず少なく、寂しく感じるのも仕方なかった。

気が付くと、ここが執務室だということも完全に忘れて、目の前のアイツを抱きしめてしまっていた。普通の男なら、こんな風に不安にさせる前に、もっと気の利いたセリフや態度で、泣かせたりなどしないのだろう。

絶対的に、俺の不器用さゆえに、気持ちが伝わりづらいのかもしれない。。

俺は出来る限り、アイツに今の自分の、正直な気持ちを吐露した。
泣かせないつもりで話したのだが、アイツは目を潤ませて、もっとハッキリ言ってほしいとせがむ。

あほか。これでも最大限の努力をしたのに、これ以上、この俺に何を言えというのだ?
アイツの欲しいセリフなど、こんなところで、言えるわけが無ぇ。

その代りに、至近距離で見つめられて、つい別の欲求が沸いてきてしまう。
言葉ではうまく伝えることが出来なくても、それを伝える術を、俺は知ってる。

抱きしめる手に、ほんの少し力をこめた。

敏感に察したアイツは、ここが職場であることを理由に拒むが、完全にスイッチの入ってしまった俺を止めることなど、出来るはずがない。

…結局、その直後、クソ江守が執務室に入ってきて、未遂に終わったが、この一件で、このまま同じ業務を一緒に続けることの危うさが明確になり、俺は心置きなく、広域建設部への異動を受け入れることになった。
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