不器用な彼氏
薄暗い備品庫で30分以上が過ぎた頃、入り口の重い扉がゆっくり開き、アイツが入ってきた。

ホッとしたのも、つかの間。俺は、ガラにもなく緊張して、のどはカラカラになり、声が出せるか不安だったが、それでも何とか喉の奥から『遅え』と絞り出した。

アイツは、すぐには俺のもとに来るのを拒み、まさかの【偶然】を装ってきた。
アホか。こんなところで【偶然】など、あるわけがないだろう。

それでも、アイツの無駄な抵抗に乗ってやることにし、俺のそばまで来るように仕向けると、渋々ながらこちらに歩み寄ってきた。

目の前をアイツが通り過ぎる瞬間、どうにも耐えられず手を延ばし、右手首を引っ張ると、そのままアイツの身体ごと、自分の手中に収めてしまう。

突然のことで、軽く抵抗されるが、もう離してやるつもりは無かった。

自分の胸元から、アイツの俺を呼ぶ声が聞こえて、自分がどれだけこの声が聞きたかったのかを、思い知る。
もう観念するしかない…俺には今、この胸に抱く、この女がどうしても必要なのだ。

俺は、いくらかのプライドや羞恥心を捨て、偽らざる想いをすべてアイツに語った。

恥も外聞もない。
情けない自分を晒すことになっても、不器用なりに、この想いを伝えたかった。

アイツは、ずっと黙って聞いていたが、すべてを話し終えると、この上ない極上の笑みで俺を抱きしめる。
ったく、この小さな身体で、俺を抱きしめるなど、器が大きいのか、小さいのか…。
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