不器用な彼氏
『綺麗…』

思わず立ち止まり、その景色に見惚れていると、いきなり繋がれてる右手を強く引っ張られ、海成の浴衣に引き寄せられると、大きな右手が私の肩を抱きしめるように包み込む。

『ヒャ…ッ』

次の瞬間、浴衣から覗くうなじに、軽い痛みを伴う疼きを感じる。
それと同時に、海成の息遣いと、熱っぽい低い声が、すぐ耳元で囁いた。

『お前、どんだけ俺を煽れば気が済むんだ?』
『!』

触れるほどの距離にある海成の目に、男の欲が見え隠れして、ドキリとする。

あまり無かったとガッカリしていた、浴衣の効果が、その予想を遥かに越した効果をもたらしたようだ。

怒ったような、それでいて、いつもの余裕の欠落した海成を垣間見れて、怖さよりもなぜだか、可笑しくなってしまい、場違いな笑みがこぼれてしまった。

『何、笑ってんだ?』

当然、海成の怒りを含んだ声。

『ううん、海成でもそんな顔するんだなぁと、思って』
『…顔?』
『いつもより余裕のない顔…私の魅力も捨てたもんじゃないでしょう?』

海成は、あんぐりと口を開けたまま、次の言葉が継いで出て来ないようだった。

そうこうしているうちに、後ろから、年配の団体さんが連なってくる声が聞こえ、海成は盛大なため息を一つ吐くと、『さっさと行くぞ』と、また再び歩き出す。
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