不器用な彼氏
『いや、もっと本当のことを言えば、気持ちが離れただけじゃない。ガキだった俺は、怖くなって逃げ出したかったんだ』
『…怖い?』
『ああ。理香子の気持ちが、その男から完全に離れて、自分に向かってきたとき、俺はそのすべてを受け止められるだろうか?と考えたら、急に怖くなった。自信が無かったんだな…ひでえ話だろ?自分から、“俺を利用して良い”なんて、カッコつけといて』

当時、まだ二十歳前だったことを考えると、無理もないのかもしれなかった。

口で言うのは簡単だけれど、余程の覚悟が無ければ、その想いを受け止めるのは、難しいこと。
きれいごとでは、済まされないことだってある。

その先に、もっと彼女を傷付けてしまうことだって、あるのだから。

『理香子さんは…』
『あいつは、取り立てて嫌がるそぶりもなく、アッサリ応じてくれたよ』
『…そう』

数百メートル離れたところで、海に向かってロケット花火を打ち上げる若者たちを目の左端にとらえながら、目の前の穏やかな海を見続けて、相槌を打つ。

きっと5つも年上の彼女が、海成のその気持ちに気づいていなかったわけはない。
彼女は、きっとすべてわかっていて、別れを受け入れたのだろうことは、容易に想像できる。

さすがに、別れてからも、その後の彼女がどうなったのか気になった海成は、彼女の友人でもあるお姉さんに時折探りを入れて、理香子さんが、その不倫男とは既に終わっていたことまでは、知っていたらしいけれど、その後のことは全く分からず、今日偶然会うまでは、消息も分からなかったらしい。

『そんなことがあった人なら、忘れられないのも当然かもね…』

力なく自然にこぼれたセリフは、まるで独り言のように、足元の砂浜に零れ落ちた。

『は?』

隣に立つ海成が、酔狂な声を上げる。

『何だよ、それ?』
『いいの。誰だって忘れられない人っているもの』

海成にとって、彼女が初めての女性であり、特別な存在であったことは事実。
今更、一番に愛されたいなど、甚だしいにも程がある。

< 222 / 266 >

この作品をシェア

pagetop