不器用な彼氏
店を出て、駐車場まで少し歩こうと、お台場海辺公園に降りてみる。

土曜日の夜だけに、砂浜は恋人たちであふれている。目の前には、海と都会の夜景とイルミネーション。絶景のロケーション。

前を歩く彼にダメ元で、『ね?手、繋いでも良い?』と聞くと、即座に拒否られる。

『だって誰も見ていないよ』
『こういう場所が一番危ねぇ』

と、カイ君。周りを見れば、どのカップルも身を寄せ合って歩いてる。

しかし、ここでわがまま言って“帰る”と言われるよりは、マシだと思うしかない。仕方なく、少し後ろを歩くことにする。砂浜は、少し歩きづらく、自分もスニーカーを履いてきたのだけど、何度か足を取られ、そのたびに、先を行くカイ君が立ち止まって、私が追いつくのを待ってくれる。

しばらく歩き、波打ち際までくると、二人立ち止まり、しばし美しい夜景を堪能。

『風、冷たいね』
『まだ2月だからな』

サラサラと波の引く音が耳に心地いい。

冬のお台場は空気が澄んできて、360度のパノラマの絶景。
チラリと隣の彼を盗み見て、腕を組んでいる彼の上着の袖に、こっそり手を伸ばす。敏感に察知するカイ君。

『これぐらい良いでしょう?』

と言うと、ため息を付かれ『勝手にしろ』と彼。

本当は、こんなロマンチックな寒い夜。後ろからギュッと抱きしめられたら、どんなに暖かくて幸せだろう、と思う。彼と付き合うということは、こういうことなのだと理解していても、つい欲が出てしまう。

『何か帰りたくない…な』

無意識に口に出て、思わずハッとして

『うそうそ、今の嘘だからね』

慌てて否定する。
カイ君を見上げると、意外にも真顔で私を見つめてる。

“ドキッ”

これってもしかして…初めてのキスの予感?

思わず、袖をつかむ手に力が入る。カイ君がしやすいようにと、少しかかとを上げて、ゆっくり目を閉じる…と、

『アホかッ』

いきなり人差し指でおでこをつつかれる。

『痛ッ』
『こんなとこでするか、ボケッ』

そういうと、踵を返し、さっさと今来た道を戻って行く。

“…普通こんなところだから、みんなするんじゃないのかな?”

虚しさと共に自分の心のつぶやきが、冷たい夜の砂浜にこぼれる。

『あ』

ふいに、チョコをここで渡そうと思っていたことを思い出すが、時すでに遅し。

彼は、振り向きもせず随分先まで歩いて行ってしまい、追いつくころには、街中の雑踏の中だろう。仕方なく、チョコは帰りの車の中で渡すことに決めて、不機嫌になる前に、急いで彼を追いかけることにする。
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