不器用な彼氏
『珍しいだろう?彼女、見た目は大人しい感じなんだが、結構、積極的な子でね。あの進藤が、タジタジなんだ』
『…やだ』
『え?』
『あ、何でもないです。じゃ、これ置いていきますね』
『ああ、わざわざ悪いね。ご苦労様』

そう言うと踵を返し、足早に自分のフロアに戻る。

何?あれって何?
歩きながら、頭の中はさっきの二人の姿が焼き付いて離れない。あんな彼、見たことない。

ここに異動してきて、いろんなことがあって、職場で二人の関係は秘密だったけれど、あの嵐の夜から始まって今の今まで、こんな風に不安に思ったことなど一度もなかった。

“…だっていつも、近くにいてくれたから”

仕事中も、ほとんど会話などしたことなかったけど、いつも彼を感じてた。

どうしたのだろう?いい歳して、若い子に嫉妬?ほんの少し離れているだけで、こんなに醜い自分になるの?

『最低…』

2階の踊り場に着くなり、深くため息を吐く。

落ち着け、私。動揺しすぎだぞ!とりとめもない自問自答を繰り返す。

今夜、彼に聞いてみよう。
きっとまた、“アホか”って一笑してくれるはず。

そう思い直し、2階フロアの自動ドアを開けると同時に、いつもの大人の女性の顔に戻り、きりりと仕事モードに切り替えた。
< 64 / 266 >

この作品をシェア

pagetop