【短編】クラブ・ラグジュアリフロアで逢いましょう
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フロントでロッカーキーとレンタル水着を受け取り、穏やかな時間が流れるロビーを抜けてプールに向かった。着替えとシャワーを済ませて中に入ると温室独特の湿気が肌を包む。ロビーとは違うミントの香りは爽やかだ。パシャリパシャリと軽い水音がする。ひとり占めをするつもりがプールには先客がいて、中央で水しぶきを上げていた。その水しぶきはあっという間にゴールし、優雅にターンをすると再び遠ざかる。浅黒い肌、たくましい肩と腕が見えて、男性だとすぐに認識した。

私も準備体操をすると彼の隣のレーンに飛び込んだ。水泳は得意だ。ややひんやりする水の感触を楽しみつつ、体を動かした。2往復して底に足を付けると、その男性がこちらを向いていた。

「ねえ、君。泳ぐのうまいね」
「ありがとう。中学までやっていたの」
「この階に泊まっているの? 会員?」

私はかぶりを振る。ビジターだと告げると彼も同じだといった。この雪で大阪に戻れなくなり、仕方なく泊まる、と。すっきりとした二重瞼、鼻筋の通ったイケメンだった。年のころは……30過ぎ。にっこりと笑うと大人びた顔がくしゃっとなって子犬のようだ。そのあと彼は眼鏡を装着すると再び水の中で魚と化した。私も彼に続いた。30分くらいそうしていた。

どうせ暇なのだし、と思って二人で丸いジャグジーにつかった。たわいもない話をした。大阪ではこんなたこ焼きがはやっている、とか、水族館で面白いぬいぐるみが売っているとか。ぬるめに設定された湯温は長話をするにはちょうど良かった。

プライベートバーで一緒に飲もう、と誘われ、私たちはプールから出た。支度を整えてからバーで集合、と話をすると、ロビーでスタッフが話し込んでいる。私と彼……設楽さん……はお互いに顔を合わせた。

「どうしたんですか?」と彼。
「いえ。お騒がせいたしました」と頭を下げるスタッフ。
「でもなにかあったんですね?」と私。
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