今夜ひとり、シーツの合間で
今夜ひとり、シーツの合間で

「ねえ、緒田君。無理しないほうがいいんじゃない?」

いつも新人らしからぬ淡々とした態度で仕事に取り組んでる生意気な後輩が、あともう少しでカウンターに突っ伏してしまいそうになっている。笑いを噛み殺しきれずにいると、顔を赤らめた緒田君は余裕で3杯目のカクテルを飲み干した私のことを恨みがましげに見上げてきた。

彼に奢ってあげたのはルシアン。

ウォッカとジンのえげつないアルコール度数をカカオベースの優しい味で巧妙に隠した女殺し(レディーキラー)のひとつに数えられるカクテルで、口当たりの良さに騙されてグラスを重ねるとあっという間に酔い潰れることになる。

「……やられた……すげぇ飲みやすいと思ったらたった二杯でクラクラしてくるし……」

そう言いながらもグラスを離そうとはせず、私のお気に入りであるその美しい琥珀色を無理やり喉奥に流し込もうとする。男の意地で無理に飲まれてひっくり返られても面倒なだけだから、彼の手から強引にグラスを奪って一気に飲み干す。

途端に甘い香りが鼻腔いっぱいに広がり、その後にアルコールが喉を通り過ぎていくときの刺激的な熱さがやってきた。

「魔性のカクテルよね。甘さに蕩かされてるうちに取り返しがつかないくらい酔っ払っちゃうなんて」

アルコールを受け止めたときの、身体の奥に火を付けられるようなたまらない感覚にうっとりしていると、緒田君がぼそっと「ほんと別人」と呟いてくる。

「柳みたいな頼りなさそうな姿で実は酒豪とか、詐欺でしょ」
「そういう緒田君はやっぱ見掛け倒しだよね」
「……性質悪い。やっぱ俺があんまり強くないって知ってて飲ませたんですね」

緒田君は飲み会でも澄ました顔を崩すことはまずない。けれど実は人に飲ませるのが上手いだけで、緒田君自身はいつもそれほど飲んでいないことに気付いていた。新人のくせに周りに飲んでないことを悟らせないように振る舞えるなんて、その対人スキルの高さはまったく可愛げがない。

「緒田君が私の邪魔をしたりするからよ。いいお勉強になったでしょ?これに懲りたら知り合いを見付けたからって、大学生みたいなノリでやたらに話し掛けてこないことね」

ここから見える夜景の光の粒の数と同じくらい、この東京には飲む場所なんて溢れている。その中のたったひとつで鉢合わせしてしまった偶然を彼は「運命ですね」なんて似合わない軽口で茶化し、私は「なんの因果よ」と腹を立てていた。

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