ひとりのためのクリスマスディナー

 Sorbet 

杏と暮らし始めたのは入社して二年目だった。事務職の杏とサービス業の俺の時間が余りにも合わなかった事が理由だ。
『クリスマスなんて今更気にしないって』
可愛い我儘で俺を困らせていた杏は、いつの間にか随分と物分かりの良い大人の女性になっていた。
『ごめん……』
『わかってるよ』
杏は胸元まである濡れた髪をかきあげた。就職してから伸ばし始めた長い髪だ。

杏とそんな会話をしたのはひと月以上前だ。
就寝前の彼女は着古したスウェットで当然化粧一つしていなかった。その姿が近頃一番見慣れたの杏だ。
休みが合わない俺たちが顔を合わせるのはお互い帰宅した夜だけなのだから当然だ。
その姿に付き合い始めた頃の様なときめきは当然ない。彼女の一挙一動に振り回されることもない。安定した日々。
それでも俺はその時、なんの文句も言われない事が少し物足りない気がした。文句を言われても、できる事は何もないくせに。
『楽しそうにお仕事してる貴巳、私好きだよ?』
杏は俺の心境を察したのだろうか。微笑んで優しい言葉を口にした。
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