ひとりのためのクリスマスディナー

 Viande 

聖なる夜はあっという間に更ける。“お一人様の彼女”の料理は既にメインを終えていた。
「お飲み物ラストオーダーのお時間です」
「あれ?デザートは?」
先ほどまで仔牛のフィレ肉を頬張り満腹だと言っていたのと同じ口から出た言葉とは思えない。
「お飲み物とご一緒にお持ちします」
現金な彼女の言葉に思わずクスリと笑ってしまい、彼女は少しだけ口を尖らせた。
「じゃあ、デザートと合う物がいいんだけど……」
「よろしければお任せ頂けますか?」
「はい。お願いします」
すぐに機嫌が直った様で彼女は安堵をかしこまった口調で誤魔化した。
「ねえ。あの……」
下がろうとした俺は遠慮気味な彼女の声に引き止められた。
「……お手洗い、どこかな?」
「ご案内します」
エスコートをする俺は、通路の段差の前でふと悪戯心が湧き上がった。
「段差がございますので足元お気を付けください」
一段降りてから振り向き彼女に手を差し伸べてみる。彼女は俺の手を見て驚いたように目を丸くした。唐突だっただろうか……
「ありがとう」
けれど彼女はすぐに愛らしい笑みを浮かべ、女優のような芝居がかった仕草でそっと手を重ねた。
その白い指を飾るのはピンクのネイルのみで、指輪は、ない。
その手を、思わず握りしめたい衝動が湧き上がる。
けれど、彼女は客だ。そんなことをしていい筈がない。
「突き当りを右です」
一瞬触れた温もりをすぐに離した。
洗面所に行く女性の後姿を見送る程不躾なものはない。名残惜しさを堪えて俺は背を向けた。

どうして今日はこんなにも彼女に揺さぶられてしまうのだろう。
最近杏にこんな風に心をかき乱されたのは、いつだっただろう……
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