ひとりのためのクリスマスディナー

 Avec le dessert……

「石田さん、ケーキとシャンパン用意しておいて」
「はーい。シャンパンは別料金でーす」
「けちくさいな」
パントリーに戻った俺はバイトの女子大生に指示を出しながら蝶ネクタイを外した。
「じゃあ俺、今日上がりなんで。あとよろしくお願いします」
今夜の俺のシフトはラストオーダーまでだ。
「おい若月」
ロッカールームへ向かう為に厨房を横切ったところでパティシエ長に呼び止められた。菓子作りを職にしているとはにわかには信じ難い熊のようなおやじだ。当然、俺が新入社員の頃しごいてくれた人の一人だ。
「あのチョコプレート酷い字だな。作り直してやろうか?」
「結構です」
豪快に笑う彼に俺は下唇を突き出した。
「今度おごれよ?」
「お疲れ様です」
肩を竦めて挨拶すれば、相変わらず調子がいいとかなんとか言われてしまった。
今度は引き止められることの無いように再びロッカールームへ急ぐ。
制服のベストを脱ぎ、急いでジャケットを羽織る。蝶ネクタイをハンガーにひっかけ細いワインレッドのネクタイを締め直す。
その恰好で再びパントリーに戻った。
「頑張ってくださいね?」
何故か石田さんはやけに楽しそうだ。
「ちょっと寒いと思う?」
そう言いながらも手は止めず、用意されていたグラスにシャンパンを注ぐ。
「んー、今日くらいは……あり、かなぁ?」
否定とも肯定ともつかない彼女の言葉に俺は苦笑いだ。だがここまでして後戻りするわけにもいかない。
ダイヤモンドリングをそっとグラスに落とせば炭酸がシュワリと音を鳴らした。
そうしてケーキとシャンパンを持ち俺はやっと客足がまばらになったホールへ急いだ。

“彼女”の元へ……
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