副社長は甘くて強引

「失礼いたしました。またのご来店お待ちしております」

 私はお辞儀をして、ショップを後にする女性客を見送った。

 今月もノルマ達成は厳しいかも……。もう泣きたい気分だ。でも今は業務中。お客様の前では笑顔でいなければならない。手が空いた私は気持ちを切り替え、クロスでショーケースを磨き始める。

 これはとても重要な仕事。ショーケースが曇っていたらお客様にジュエリーの輝きは届かない。だから暇を見つけてはショーケースを磨き上げるのだ。

「精が出るな」

 私に労いの言葉をかけてくれるのは、同期の佐川。

「昨日はゴメンね」

 彼に甘え、迷惑をかけてしまったことを小声で謝る。

「気にしなくていいよ。それより、また飲みに行こう」

「うん」

 ハートジュエリー東京本店のショップの営業時間は、午前十時から午後八時まで。販売スタッフは開店準備をする早番と、閉店作業をする遅番とのシフトで働いている。

 昨日は私も佐川も遅番のシフトだった。でも今日は、佐川は早番で私は遅番だ。

「じゃあ、大橋、お先に」

「お疲れさま」

 退社する佐川と挨拶を交わす。

 佐川って話しやすいな……。

 少しだけ身近になった佐川の存在をうれしく思いながら、彼のうしろ姿を見つめた。

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